momomon

個人メモ

記憶喪失ネタ①

「これをそっちに……」
「大丈夫……」

………あぁもう、枕元でドタバタ五月蝿いな。
安眠を阻害する物音が気になって、まだ寝ていたいと主張する瞼をゆっくりと抉じ開ける。
何故か俺のベッドの横に座っていた母親が、これまた何故か俺と視線が合った瞬間に驚いた様な顔をして泣き出してしまった。
いきなり何事だと、慌てて起き上がろうとしたが、何故か体が固まったしまった様に上手く動かせない。
しかも今更気付いたが、自分がいるのは全く見知らぬ部屋で、寝心地の違うベッドで、辺りはカーテンで囲まれていた。
ベッド脇に置かれた小さなサイドテーブルの上に乗った卓上カレンダーには、6月の文字と、綺麗な紫陽花の写真。
俺は首を傾げる。

今月は
4月
だったはずだ。


―――――――――

「1+1は?」
「……2」
「君の家族は何人家族?」
「母さんと親父と婆ちゃん…。俺合わせて4人」

医者だという白衣を着た頭の良さそうなおじさんが、何とも意味の分からない問い掛けをして来る。
俺の答えを聞く度、医者は手に持ったカルテに何かを書き込み、なるほどなるほどと頷いていた。
医者の隣に立つ母さんは、顔を真っ青にして俺達の様子を見ている。

「どうやら2ヶ月前から昨日までの記憶が抜け落ちている様ですね。頭を強く打った事による一時的な記憶の混乱かと」
「な、治るんでしょうか…?」
「分かりません。症状としては軽症なので、しばらくすれば思い出す可能性が高いのですが、このままずっと、思い出せない可能性もあります」
「そんな…」

まるでドラマの様な医者の言葉を聞いた母さんは、青ざめた顔で口に手を当て、今にもぶっ倒れそうだった。
張本人である俺と言えば、まるで他人事の様に二人のやりとりを眺めていた。
聞いた話によれば、俺は2ヶ月前の夜、友人のマンションの階段から転げ落ち、それから今日までの間、死んだ様に眠っていたそうだ。
おまけに記憶喪失。
本当に自分の身にそんな事が起こったのかと未だに信じられないが、テレビから聞こえた6月という単語が、これは現実なんだと教えてくれる。
母さんは医者としばらく話ていたが、医者が出て行ってすぐに携帯を取り出し、俺の方へと身を乗り出した。

「私今からお父さんに連絡してくるから」
「あー…うん…」
「ナースコールここにあるからね、何かあったらすぎに押してよ?本当に大丈夫?」
「大丈夫だって…、大袈裟だな…」