momomon

個人メモ

王子×シンデレラ シンデレラパロディ⑤

 
熱気の籠るホールを抜け、冷たい外気に頬を撫でられれば、一瞬で体の力が抜けてしまった。
俺は庭の隅にちょこんと置かれたガーデンチェアを見つけ、よろよろと倒れ込む。
ドレスが汚れるでしょうがと義母と義姉に怒られそうだが知ったこっちゃない。
庭は隅から隅まで手入れされていて、名前は分からないがどこからともなくほのかに漂う花の香りが心地良い。
草木が擦れ合う音をBGMに、シャンデリアの代わりに満点の星空。

「あー…いいなー…落ち着く…」

さっきまで人混みの中に居たから、この解放感が余計気持ち良いのかもしれない。
俺は靴を脱ぎ本格的にベンチの上に横になると、しばらくしてから段々と落ちてくる瞼に抗えず、そっと目を閉じた。




――――――――

「もしもし…、大丈夫……」
「ん…」

もう…何だよ義母さん、夕飯なら今から作るからもうちょっと待ってくれよ…。
今日はお隣からパスタ麺を貰ったからカルボナーラだよ。
…え?ビーフシチューが良い?何言ってるんだよ、もう出来上がるのに。
…もう、わかったよ…作れば良いんだろ作れば…。
はぁ…。

「…う、うーん…ビーフシチュー…」
「……ぷっ。ビーフシチューが、どうしたの?」
「…………うぇ?」

義母さん…いつからそんな上品な喋り方に…。声もやたら、イケメンみたいな声じゃ…ないか…。

「!!!!」
「おっと」

夢と現実の狭間をふわふわ歩いている様な気分から、一気に覚醒し、勢い良く体を起こし慌てて辺りを確認する。
俺が居るのは我が家のぼろっちい台所ではなく、目の前に高々と城がそびえ立つだだっ広い庭だ。
そして、俺の顔を覗き込んでいたのか、ベンチのすぐ横には、なんと、王子様が突っ立っていらっしゃる。
俺はまだ夢を見ているのかとバチバチと頬を叩いてみるが、目の前の王子様は消える事なく、俺の奇行をくすくすと笑いながら眺めていた。

「す…すひませ…寝てて…」
「いや、良いんだよ。倒れているのかと思って少し驚いたけれど」
「い、いや…!外の空気を吸いに外に出たらうとうとしてしまいまして!」
「そうなんだ。何とも無さそうで安心した」

王子×シンデレラ シンデレラパロディ④

 
写真か、パレードなどの時に遠目にしか見たことが無かったせいで一瞬誰だか分からなかったが、彼が俺の様な庶民とは別次元に住む人間なのだということはすぐに分かった。
俺はもう会わずに帰るつもりでいたので、気の抜けていたところを突かれ動揺を隠しきれない。

「うが…あ…こ、こんにちは…。この度はご招待いただきだきだき…!」
「いえいえこちらこそ、忙しい中を来てくれてありがとう」

蜂蜜色の、甘い色をした柔らかそうな髪が、キレ長の目にさらりと掛かる。
イケメンというだけでも緊張してしまうのに、彼の体から発せられる高貴なオーラに、俺は完全に怯んでいた。
おまけに彼の後ろに控える美女達が、怨めしそうに俺を睨んでいるのが恐い。
皿を持った手が、無意識にガタガタと震える。

「良かったら一曲踊ってくれませんか」
「えっ!おれっ、あ…いや…、わ、わたし、踊りが下手なので…っ」

地声はマズイと今更気付き、なるべく高い声で返事を、と思ったのだが、声が裏返って完全に裏目に出ている気がする。
俺の挙動不審さに対する笑いなのかダンスを踊れない事に対する笑いなのかは分からないが、周りの女性達が俺の方を見ながらクスクスと笑っている。
何だかこの場にいるのが途端に恥ずかしくなって、俺は手に持っていた皿をテーブルに置き、逃げる様にその場から立ち去ろうとした。

「…どちらへ?」
「えっ!?えっと、お、おトイレへ…」
「あ…それは、失礼しました」
「いえ!それでは失礼致しますわ!ごめんあそばせ…!」

もう、一体何キャラなんだ、俺。
慣れないヒールで人混みの隙間を縫いながら歩くのは辛い。
時折転びそうになりながら酔っ払いのごとくふらふらと歩く様は、どう見ても不審者であったろう。
広いホールで迷子になりながら、俺はようやく外へと繋がる扉を見つけ、いっそもう泣きそうになりながらそちらへ駆け寄る。
まともに歩行出来ず半泣きの俺はあまりに異様だったのか、外へ出ようとした時に警備員に止められたが、何とか数分で解放された。

王子×シンデレラ シンデレラパロディ③

 
 
(う…っ、死んでしまいたい…)

まさか齢十八にして女物のドレスと靴を身に付ける事になろうとは。
化粧は顔に何か貼り付いてるみたいで気持ち悪いし、ウィッグも何だか、頭に他人の毛が乗っている様で落ち着かない。
自分勝手な義母義姉に無理矢理送り出された俺は、半ばやけくそで舞踏会へとやって来た。
実は郵便配達の仕事で城の門の前までは何度も来たことがあるのだが、門の内側に、ましてやこんな城のど真ん中に入る事になるなんて夢にも思わなかった。
目が眩むほどに高い天井に、見たこともない装飾品や絵画があちらこちらに飾られていて眩い。
ホールには百人以上の人間がいるはずなのに、それでも大分広く思えた。
しかしさすが何万人の中から選ばれただけあって、周りの女性達は美しい人ばかりだ。選考基準は本当に性格重視なのかと疑いたくなる程。
俺も男の端くれなので、あちらこちらから香る女性の匂いに、ドキドキしてしまう。
上品なクラシックが流れる中、皆楽しそうに談笑している。
王子様もどこかで女の子と話しているのだろうか。
舞踏会が始まる時に壇上で挨拶しているのを見てから一時間程立つが、それ以降姿を見ていない。

(百人もいるんじゃ、声を掛けることすら難しそうだな…)

その前に、声を出せば男だとバレてしまうだろうに。
一体俺は何の為にここまで来たのだろうか。
さっきからテーブルの上にずらりと並んだビュッフェ式の食事を片っ端から食っているだけだ。
見た事もない料理ばかりであったが、国お抱えの料理人達が作っただけあってどれもすごく美味い。
持っては帰れない様だからせめて腹一杯になってから帰ろう。
もう俺の頭の中は、王子様の事より、目の前の御馳走をどれだけ沢山食べて帰れるかという思いで埋め尽くされていた。

「それ、僕にも貰えますか」
「んあ?あぁ、どうぞ…」

片っ端から料理をよそっていく俺の背後から、人の声。
距離的に俺に話しかけているのであろうと思い、溢れんばかりに皿に積み上がった料理を片手に振り返れば。

「さっきからずっと食べてますね。お腹が空いてるの?」
「へ?」

眩しいくらいに真っ白なタキシード。しかしその純白の美しささえ霞んでしまう程の高貴な王子の微笑みが、俺の目の前にあった。