momomon

個人メモ

先祖返り×幼なじみ ②

(さっきの音は、稔示(ねんじ)様の仕事部屋からかな。嫌だな、俺、今日あの部屋の掃除当番なのに)

俺はふぅっと溜め息を吐くと、近くにあった掃除棚から箒と塵取りを持ち出した。
先程俺の目の前を足早に去っていた使用人達の後を追うように、ノロノロと足を進める。
こんなに部屋数が必要なのかと思いながら、迷路の様な屋敷内を歩く。
屋敷の奥、目的の部屋に辿り着いた頃には、何人もの使用人達が青ざめた顔で動き回っていた。

「あぁ、稔示様、お怪我はありませんか」
「稔示様」
「稔示様」

物々しい雰囲気の部屋の中を覗いてみると、部屋の丸窓のひとつが粉々に割れていた。
だが部屋の中に落ちた破片は少ない。
部屋の中から外に向かって割られた様だ。
部屋の真ん中で使用人達に囲まれ、稔示様稔示様と安否を心配されている男性は、この屋敷の持ち主。
正確にはこの屋敷の持ち主の息子だが、この屋敷は彼の為に作られた物だからそう言っても間違いはないだろう。
彼は使用人達の呼び掛けに答える事はなく、何事も無かった様に黙々とノートパソコンのキーボードを叩いている。
しかしその眉間には深い皺が寄っていて、この状況を煩わしいと思っているのだろうなという事が一目瞭然だった。

「稔示様、こちらは硝子の破片があって危険ですので他の部屋に移りましょう」
「…鬱陶しい」
「しかし稔示様…」

稔示様は、差し出された使用人の手を勢い良く跳ね退けると、操作していたノートパソコンを、突然壁に向けて力任せに投げ付けた。
壁際に居た、中年の使用人が小さく悲鳴を上げる。
ノートパソコンは壁に当たると、破片を飛ばしながら無惨に床に転がった。
一瞬部屋の中が静まり返ったが、すぐに誰からともなく、稔示様、という声が漏れる。

「稔示様、お怪我はありませんか」
「あぁ、破片が…!稔示様お気を付け下さいっ」

何度見ても、この光景は不気味だと思う。
稔示様が何をしても、皆彼を咎める処か怪我は無いかと心配そうに声を掛ける。
主が相手なのだからそれは当然の事なのだろうけど、稔示様に関してはそれ以上の理由があった。

「稔示様がお怪我をされては皆悲しみます。稔示様はこの一族になくてはならない先祖返りなのですから」

先祖返り。
それが、彼が特別な存在である理由。

先祖返り×幼なじみ ①

三百六十度を緑で囲まれた、どこにでもある様な山。
車が危なかしくすれ違える程度の道路は通っているものの、何時間経ってもそこを行き来する人間の姿は確認出来ない。
それもそのはずで、この山の一帯は、ある一族の所有物であり、外部の者は立ち入りを禁止されていた。
そんな、外の世界から切り離されたこの山中にも、探せばぽつりぽつりと家が建っている。
洋館に平屋に別荘の様な邸宅に、と、統一性はないものの、どの家も己の財力を誇示する様な立派な佇まいだ。
そんな中でも、特に圧倒的な規模を誇る日本家屋が、山の奥に隠れる様に存在していた。
いや、隠れる様に、ではなく
本当に、隠してあるのだろう。
俺はそこで、使用人として働いていた。


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漫画やドラマでしか見たことがないような高く豪勢な壁や門を抜けると、木のアーチが出迎えてくれる。
山のあちこちに生えている木とは違い、わざわざ取り寄せてここに植えた貴重な樹木らしい。
林を抜けるとようやく本邸が見えて来る。
枯山水の砂利庭、池には錦鯉、遠くからは鹿威しの音。春には素晴らしい花を咲かせる桜に梅に白木蓮。
本邸の先には川みたいな所もあって、小さな橋まで掛かっている。
この屋敷のすごい所を上げていくと切りが無いが、一言で言えば京都の美しい所を集めて並べた様な、そんな雰囲気だ。
この家の敷地だけで町ひとつ分の面積があるんじゃなかろうかと考えずにはいられない。
見て回る分にはとても素晴らしいだろうが、そんな所を毎日掃除しないとならない身としては、とても憎らしい。

「おはようございます」
「おはようございます」

使用人の控室に入れば、夜番だった使用人達が既に何人か帰り支度を始めていた。
俺は、壁際にずらりと並べてある箪笥の中の自分専用の引き出しから、使用人の制服である紺色の着物を引き摺り出し、身に纏う。
近くにいた、年配の庭師に、今日はどうでしたかと問い掛けると、いつも通りだよと苦笑いが返って来た。

(昨日より掃除する所が少ないと良いのだけど)

着替え終わり、さぁ仕事に入るかと意気込んだ矢先、どこか遠くから聞こえた硝子の割れる音に、俺のヤル気は早速削がれてしまった。
その音に、周りの人達は誰一人驚かない。あぁまたかと溜め息を吐く人ばかりだ。
俺も俺で、冷静なまま廊下に出れば、目の前を中年の使用人女性が数人慌ただしく通り過ぎて行った。

記憶喪失ネタ①

「これをそっちに……」
「大丈夫……」

………あぁもう、枕元でドタバタ五月蝿いな。
安眠を阻害する物音が気になって、まだ寝ていたいと主張する瞼をゆっくりと抉じ開ける。
何故か俺のベッドの横に座っていた母親が、これまた何故か俺と視線が合った瞬間に驚いた様な顔をして泣き出してしまった。
いきなり何事だと、慌てて起き上がろうとしたが、何故か体が固まったしまった様に上手く動かせない。
しかも今更気付いたが、自分がいるのは全く見知らぬ部屋で、寝心地の違うベッドで、辺りはカーテンで囲まれていた。
ベッド脇に置かれた小さなサイドテーブルの上に乗った卓上カレンダーには、6月の文字と、綺麗な紫陽花の写真。
俺は首を傾げる。

今月は
4月
だったはずだ。


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「1+1は?」
「……2」
「君の家族は何人家族?」
「母さんと親父と婆ちゃん…。俺合わせて4人」

医者だという白衣を着た頭の良さそうなおじさんが、何とも意味の分からない問い掛けをして来る。
俺の答えを聞く度、医者は手に持ったカルテに何かを書き込み、なるほどなるほどと頷いていた。
医者の隣に立つ母さんは、顔を真っ青にして俺達の様子を見ている。

「どうやら2ヶ月前から昨日までの記憶が抜け落ちている様ですね。頭を強く打った事による一時的な記憶の混乱かと」
「な、治るんでしょうか…?」
「分かりません。症状としては軽症なので、しばらくすれば思い出す可能性が高いのですが、このままずっと、思い出せない可能性もあります」
「そんな…」

まるでドラマの様な医者の言葉を聞いた母さんは、青ざめた顔で口に手を当て、今にもぶっ倒れそうだった。
張本人である俺と言えば、まるで他人事の様に二人のやりとりを眺めていた。
聞いた話によれば、俺は2ヶ月前の夜、友人のマンションの階段から転げ落ち、それから今日までの間、死んだ様に眠っていたそうだ。
おまけに記憶喪失。
本当に自分の身にそんな事が起こったのかと未だに信じられないが、テレビから聞こえた6月という単語が、これは現実なんだと教えてくれる。
母さんは医者としばらく話ていたが、医者が出て行ってすぐに携帯を取り出し、俺の方へと身を乗り出した。

「私今からお父さんに連絡してくるから」
「あー…うん…」
「ナースコールここにあるからね、何かあったらすぎに押してよ?本当に大丈夫?」
「大丈夫だって…、大袈裟だな…」