momomon

個人メモ

王子×シンデレラ シンデレラパロディ⑧

 
 
 
「こんにちは。この靴の持ち主を探しているのですけど」

これは、夢でしょうか。
うとうとしながら仕事に行く準備をしていた時に来客があって、はいはいどちら様ですかと扉を開けて見れば、あの神々しいオーラを背負った王子様が立っているなんてそんなまさか。
王子様の後ろに屈強なボディーガード達がずらりと並んでいて凄まじい威圧感だ。
俺は慌てて顔を伏せ、そんな靴は存じ上げませんと首を横に振った。

「こちらのお嬢様が昨日舞踏会に来ておられたと思うのですけど」
「あっ、は…はい、義姉が、はい。でもこれは絶対100パーセント義姉の靴じゃないです、はい」

何故なら俺の靴だからです。
どうしようどうしよう。
俺の事を探してるんだ。
昨日王子を突飛ばしたりしたから……あぁ、俺、処刑されちゃうんだろうか…。
今にも泣き出しそうになるのを堪え、早くこの場から逃れるべく知らぬ存ぜぬを突き通す。
こんな陽が高い時にこんな間近で顔を見られたらバレてしまうかもしれない。
いやでもあの時はカツラも被っていたし、化粧もべったり塗っていたし、まじまじと見られない限りは、大丈夫だろうか。
もう俺の心臓は今にも破裂しそうだ。

「お義姉様はどちらに?」
「あ…、い、今呼んで参ります…っ」

俺はギクシャクとした足取りで義姉の部屋へと飛び込む。
ノックもせずに入った事に義姉は怒鳴り声を上げたが、今はそれどころじゃないと状況を説明すれば、義姉の顔が一瞬にして強張った。
招待券を他人に譲渡したとなれば、義姉も何かお咎めを受けるかもしれない。義姉もそれが分かっている様で、義姉の顔から血の気が引いて行くのが分かった。

王子×シンデレラ シンデレラパロディ⑦

「うっ、わ…!!!」


俺は思わず、力の限り王子様の体を突飛ばす。
その衝撃で、王子様がベンチから地面へと倒れてしまった。
俺は、全身から血の気が引いていくのを感じていた。

えっ、これって暴行罪…?

暴行罪になるの?

だって突然キスされたから、だって、正当防衛でしょこれ…!

俺は顔を赤くしたり青くしたり、この場合どうすれば良いのか、忙しなく回転する思考が、もう限界ですと煙を上げた。


「ごっ、ごめんなさい…!!」


焼け付いた思考回路が導き出した選択は、“逃亡”だった。
俺は手でかつらを押さえながら深々と頭を下げ、立ち上がろうとしていた王子様に背を向けすぐにその場から逃げ出した。

俺は足は遅くない方だと思うのだが、初めて履いたハイヒールではまともに走れる訳もなく。
義母に怒られるとは思ったが背に腹は変えられない。
俺は途中で靴を脱ぎ捨て、裸足のまま城を後にした。

城の門には護衛の兵士が居たが、門を通る時だけ平静を装い、角を曲がった後は猛ダッシュだ。

幸い長いスカートのおかげで、ドレスに裸足という不審な状態には気付かれなかったし、兵士が後を追って来る様子も無く、無事に家まで辿り付いた。

ボロボロのウィッグに汚れたドレスになくした靴に、義母と義姉にはこれでもかという程怒られたが。


(王子様大丈夫かな……。怪我してたら、どうしよ…)


古ぼけたベッドの上で薄い毛布にくるまり、湧き上がって来るのは後悔ばかり。
逃げずに手を差し伸べれば良かった。驚いたんですごめんなさいってちゃんと謝れば良かった…。
今更考えても仕方の無い事だけれど。


(ていうか俺…な…なんで急にキスされたの…)


もしかして、貴族の間ではただの挨拶だったりするのかな。
だって王子様、随分とキスに慣れてるみたいだった。
すごいスマートだった。

大体王子様がそんな、出逢ったばかりの女に(実際は男だけど)体目当てで手を出すなんてあるはずがない。

あぁ、今日の朝には国中に指名手配されていたらどうしよう。
そんな事を考えて唸っていたら、結局まともに眠る事も出来ずに朝を迎えてしまった。






――――――――


王子×シンデレラ シンデレラパロディ⑥

俺はベンチに座り直し、乱れた髪やドレスを急いで整える。幸いにも、胸に詰めた綿の塊は崩れる事なく形を保っていてくれていたが、カツラの方は鏡が無い事には確認出来ない。
今が夜で、辺りにはランプが灯ってはいるが、庭の隅にあるこの場所は薄暗いのが幸いか。
王子様の方に背を向け、顔を見られない様に俯く。

「あ…あの…わたくしあと少し風に当たってから戻りますですわ…。何だか酔っちゃったみたいでほほほ」
「そう。なら私も一緒に」

言い、王子様は触れ合う事が出来るくらい近い位置に腰を下ろした。
おいおい王子様空気読んでくれよと心の中で叫びつつ、俺は一層深く顔を伏せる。

「…あ、あの…主役の王子様が舞踏会に居なくて大丈夫ですか…」
「ん、すぐに戻るから大丈夫だよ」
「はぁ…」

なら今すぐ戻ってくれよ、なんて口が避けても言えない。
ただ悪戯に沈黙の時間が流れ、これは俺が舞踏会に戻った方が早いのでは無いかと思い始めた頃、王子様が、ふぅっと疲れた様な溜め息を吐いた。
その溜め息に連れられて、王子様の口から声が漏れる。

「本当は、苦手なんだこういうの。父がそろそろ伴侶を迎えろと口煩くて、色々見合い写真を持って来てね。それならせめて、自分で相手を見つけたいと思ったんだけどね」
「…はぁ…」

どういうわけか俺は今、王子様の身の上話を聞かされているみたいだ。
あんな大雑把な条件でお嫁さんを決めるなんて適当な人だなと、少し思っていたんだけど、王子様も王子様で色々大変なようだ。

「…あんなに綺麗な人ばかり百人も居るんだから、一人くらい王子様の好みの人がいると思いますよ」
「そうかな。でも、俺が相手の事を好いても相手が俺の事を好きになってくれるとは限らないよ」
「そんな事…。みんな、王子様が好きだからこそこの舞踏会に来たんですよ。王子様に好いてもらえたら、そんな幸せな事は無いと思います」

まさか、平民の俺が王子様を励ます日が来るとは。
でも、王子様もやっぱり人の子なんだな。臆病になったり、不安に思ったりする事があるんだ。
ちょっと親近感湧いたかもしれない。
少し警戒心が緩み始めた頃、首筋に暖かい物体が触れ、びくりと体が跳ねる。
伏せていた顔を上げて見れば、王子様の手が俺の首へと伸びていて、そのまま優しく撫でる様に頬へと上って来た。

「えっ、えっ…!?な、なんですか…」
「…君も?」
「……はっ?」
「君も、俺が好きだと言ったら受け入れてくれるの?」

その綺麗な指で顎を掴まれ、王子様と視線が交わる様に持ち上げられる。
ゆっくりと王子様の顔が近付いて来て、まさかとは思ったけれど、それがキスに向かう行為だと気付いたのは、王子様の唇が俺の唇に触れてからだった。