momomon

個人メモ

死神×自暴自棄 リスカ・流血表現⑧

「死神様にもそんな思考回路があるんだな」
「本来なら持ち合わせている筈のない物だが、俺は他の死神と比べて色々と劣っているから、あってはいけない余計な思考を備えている事がある」

俺の微笑混じりの嫌味を死神は気に介す事もなく、ご丁寧に説明してくださった。
他の奴には無い物を自分は持っているって、優秀な事なのではなかろうかと思うが。
例えばインプットされた言葉をただ喋るだけのロボットと、自分で考えて喋る事が出来るロボットなら、後者の方が優れていると思うだろ。
まぁ死神の価値観を人間の価値観で語るのは間違っているのだろうが。
死神と話しているうちに三分経って食べ頃になったカップラーメンを、テレビの前に置かれた小さいローテーブルの上に起き、俺は床に腰を下ろした。
俺の後にのそのそとついて来た死神も、少し離れた場所に同じ様に座った。
テレビの音と、ラーメンをすする音だけが部屋の中を支配する。
俺は背後にいる死神をちらりと盗み見た後、湯気の立つラーメンに視線を落とし、再び死神の方へと振り返った。

「……お前も食ってみるか」
「食物の摂取は必要無い」
「じゃなくて!興味あるんだろ?」
「俺には味覚が無いから意味の無い事だ」
「良いから食ってみろって!ほら!」

俺は熱々のラーメンを箸で一掬いすると、死神の口の中に無理矢理突っ込んだ。
その際に自分の方へ飛んできた汁が思ってた以上に熱くて、死神の舌の火傷を心配したが、死神は表情ひとつ変えずに麺を咀嚼し始めた。
どうやら、痛覚などの感覚も無いらしい。

「感想はどうだ?」
「どうもしない」
「なんだよ、つまんねー」

死神は無表情のまま、特に何も無い一点を見つめてもぐもぐと口を動かす。
それが何だか人間的で、なのに不自然で、俺は思わず吹き出してしまった。
死神はラーメンを食っても何も感じないと言ったくせに、その日から死神は、俺が食事をする時は特に熱い視線を向ける様になった。
白米も、唐揚げも、プリンも、口に含んでは機械の様に顎を動かし、その度に俺がどうだと尋ねれば、変わらず『どうもしない』という言葉が返って来た。
あぁ、そう言えば、ジュースを与えた時があったんだけど、その時も当たり前の様にもぐもぐと口を動かしていて、あれは笑ったな。

死神×自暴自棄 リスカ・流血表現⑦



 


 


願い事を言わないと離れないと宣言した通り、死神はずっと俺の側にいた。


たまにどこかに出掛けるのか、姿が見えない時もある。


しかし気付けばいつの間にか後ろに立っていて心臓が止まりそうになった、なんて事も多かった。


飯も食わないし風呂やトイレにも行かないし風呂にも入らないし、買い物をする事も無いから、生活費は一人の頃と全く変わらない。


俺的にはペットを飼っている気分だが、手間が掛からない分ペットより安上がりか。


ただ、おはようの代わりに「願い事は決まったか」、おやすみの代わりに「願い事は決まったか」と、耳タコにも程があるが。


そんな呪文にも最初の一週間は耐えたが、とうとう死神に「願い事は決まったか」と迫られる夢まで見るようになってしまって、ノイローゼ一直線だ。



「あーもう、願い事が決まったらちゃんと俺から言うから、黙ってろ!」


「しかし」


「分、かっ、た、な!?次、願い事は決まったかなんて聞いて来たら、霊媒師呼んで成仏させてやるからな!」


「死神はそんな事では成仏しないし、元々成仏する存在では無い。……だが分かった。そこまで言うなら、しばらくは黙っておこう」



俺の蓄積された鬱憤にようやく気付いてくれたのか、死神は相変わらずお面の様な表情のまま、俺の主張を受け入れた。


しかしまぁそうなると、俺の生活はますますおかしくなるわけだ。


一日中、何をするでもなく、よく知りもしない男が自分の傍らに突っ立っている訳なのだから。


そんな生活、ストレスも溜まりそうなもんだが、うざったいと思う事はあっても、耐えられないと思う事は無かった。


やはり、人間のそれとは違う雰囲気がそうさせるのだろうか。


ゆったりと詰み重なっていく時間の中で、ある雨の日の夕方も、死神は俺の後ろに立ち、台所でカップラーメンを作っている俺の事を痛いくらいに凝視していた。



「……」


「……」


「…食いたいのか?」


「食物の摂取は必要ない」


「じゃあ何でずっと見てんだよ」


「人間の行動に興味がある」



死神のその発言に、俺は少し驚いた。


以前喜怒哀楽など無いと言っていたから、何かに興味を持つ事も無いのだろうと思っていたから。


そういえば、死神はよく俺の行動をまじまじと観察していた気がする

死神×自暴自棄 リスカ・流血表現⑥

 
 
なんて理不尽な。こっちの都合はお構い無しなのか。
その後、怒鳴り散らしてみたり玄関から外に放り投げてみたりしたけれど、死神はどこからともなくまた俺の部屋に戻って来た。
そんないたちごっこを繰り返しているうちに眠ってしまったのだが、目を覚ましてもやはり、そいつはそこに居た。

「頭いたい…」
「願い事は決まったか」
「だから無いって…」

慣れって恐ろしい。
俺の命を付け狙う死神なのに、恐怖心を飛び越してうざったく思ってしまっているのだから。
俺は一度大きな欠伸をし、着ているTシャツに手を掛ける。
胸元まで捲り上げた所で、痛いくらい肌に刺さる視線に気付いた。

「……ちょっと、出て行ってよ」
「お前の願いを叶えるまで俺はここを離れられない。昨日も言った」
「じゃなくて!俺今から着替えるんだよ!」

死神はきょとんとした顔(と言っても表情は全く変わらないけど俺にはそう見えたって話)で俺の顔を見つめる。

「気にする事は無い。俺達はお前達に近付きやすくする為に人間の形をしているだけであって、人間の持つ喜怒哀楽等の感情は持ち合わせていない。ましてや裸体を見て劣情を催す事など無い」
「だとしても気になるものは気になるんだよ!ほら!さっさと出ろ!!」

俺は死神の背後に回り込むと、その背中をぐいぐいと押して部屋の外へと追い出した。
昨夜も思ったが、死神の体は冷たい。服の上からでも分かるくらいに。
まるで死人の様で、少し、気持ちが悪い。

「俺が出て行くまで入って来るなよ!」

俺は死神の返事を待たずに、勢い良く扉を閉める。
ああもう、朝から大声出してふらふらする。ただでさえ低血圧なのに。

(……こんなに口を動かしたのはいつぶりだろう…)

寝間着から部屋着に着替えながら、そんな事をぼんやり考える。
こんな事になる前は、友人達からお前は喋り過ぎだとよく言われたものだけど。
あんな事があって、ここに来て、ずっと一人きりだったから、こんなに誰かと言葉を交わすのは大分久しぶりな気がする。

(楽しくお喋りってわけじゃないけど)

ふぅっと一度溜め息を吐き、部屋の外へ出て見れば、死神は扉の前に大人しく突っ立っていた。躾ようと思えば、ちゃんと言うことを聞くようだ。

「願い事は決まったか」
「…だ~か~ら~」

それから俺と死神との奇妙な共同生活が始まった。