momomon

個人メモ

先祖返り×幼なじみ ⑤

一時の後、ようやく気が済んだのか、稔示様は埜重さんを抱き締めたまま彼の肩元に顔を伏せた。
先程の怒号とはまるで別人の様な艶っぽい声が、埜重さんの耳元でひっそりと囁かれる。

「埜重、早く脱げ…」
「ん…分かったから、ちょっと待って、後で」

稔示様の手は鴬色の着物の上を滑り、今にも埜重さんの体からそれを剥ぎ取ってしまいそうだ。
埜重さんが稔示様の体をやんわり押し退けた事で、二人の間に距離が生まれる。
しかし稔示様はそれが不服な様で、ただでさえ深い皺の入った眉間を、一層きつく引き寄せた。
埜重さんは、割られた窓や畳に散らばったパソコンの残骸に目をやり、申し訳なさそうに眉を下げる。

「すいません、稔示がまた、迷惑を掛けたみたいで」
「埜重、いちいち謝る必要は無い」
「そうだよ。ほんとは君が謝らないといけないんだよ」
「……」

埜重さんは一瞬厳しい表情を浮かべ、稔示様にそう言い放ちはしたが、すぐにいつもの穏やかな表情に戻った。

「稔示と少し、庭を散歩して来ます。すいません。片付けを、よろしくお願いします」

埜重さんはまた礼儀正しくぺこりと頭を下げると、稔示様の腕を引き、ゆったりとした足取りで部屋を出て行く。
腕を引かれる稔示様はまるで、ようやく親に構ってもらえた寂しい子供の様に嬉しそうな表情をしていた。
二人の話し声が耳に届かなくなってからしばらく、誰からともなく溜め息が漏れた。

「全くあの人は、稔示様を自分の物の様に。信じられない」
「体を使って無理矢理稔示様に取り入るなんて醜悪な真似、本当、母親そっくりだわ」
「稔示様、お可哀想に」

平静を取り戻した空間に、嫌悪の混ざった声がひそひそと飛び交う。それはどれも、埜重さんを非難するものだった。
古参達は昔から、稔示様と特別仲の良い埜重さんをとても煙たがっている。
俺的には、埜重さんがいると稔示様が大人しくなってくれるので大助かりだ。…なんて、こんな雰囲気の中で、言える訳が無いが。
稔示様がいなくなった事で、無駄に集まっていた使用人達は蜘蛛の子を散らす様に一斉に部屋から出て行った。
残ったのは、本日この部屋の掃除当番を任された俺一人。
粉々に割れた窓と、畳の上に転がったノートパソコンを見て、俺は寂しく溜め息を吐いた。
 
 
 

先祖返り×幼なじみ ④

使用人の中でも上位に君臨する老女が、俺に向かってヒステリー気味に叫んだ。
はいはいと心の中で返事をしながら稔示様の近くに歩み寄るが、稔示様が退いてくれる気配が全く無くてかなりやりづらい。
埃が立ったら立ったでお局さん達に怒鳴られるのだろうし。
俺は周りにバレない様に溜め息を吐くと、とりあえず稔示様から離れた位置から掃除を始めた。

「失礼します。埜重(のえ)様がいらっしゃいました」

俺が床を掃き始めてからすぐ、別の使用人が俺達の前に顔を出し、言いにくそうにそう告げた。
埜重という名前に一番に反応したのは、稔示様だった。
先程まで石の如くその場から動かなかった彼が、今にも飛び上がりそうな勢いで立ち上がる。

「こんにちは、お邪魔します」

若い使用人に遅れて顔を覗かせたのは、上品な雰囲気を全身に纏わせた、育ちの良さそうな青年。
細い体をくるむ鴬(うぐいす)色の立派な着物が、よりその品格を強調しているかの様だった。
彼は、部屋の中にいる使用人達を一通り見渡すと、深々と頭を下げる。
彼が現れた途端、あんなに騒がしかった使用人達が一斉に口を閉ざした。
代わりに声を上げたのは、稔示様だ。

「今日は昼前には来るって言っただろ!今まで何してたんだ…っ!!」
「ごめん。習字教室の掃除してたら、思ったより時間使っちゃって」
「……」
「ごめんってば」

稔示様は、足早に埜重さんの目の前まで歩み寄ると、険悪な面持ちで埜重さんを見下ろす。
埜重さんは怯む事なく稔示様の目を一直線に見つめているが、それが余計に周囲を不穏な空気へと沈めていった。
しかしその重苦しい空気は、一瞬で色を変える事になる。

「埜重…っ」
「…っ、あ…稔示…こんな所で…ん…」

稔示様が埜重さんの腕を荒々しく掴んだかと思えば、瞬きをしている間に二人の唇は重なり、隙間から見える赤い舌が卑猥に蠢く。
埜重さんは嫌だ嫌だと首を横に振るが、稔示様に強く抱き締められた体では、抵抗らしい抵抗も出来ない様だった。
突然の事に皆ぽかんと口を開けていたが、一向に終わらない激しい接吻の連続に、一人、また一人と、顔を背け始めた。

先祖返り×幼なじみ ③

この一族は、代々から商売でも家系でもとにかく繁栄を続けて来た。
会社を興せば、数年で誰もが名前を知るような大企業になり、子供が出来れば頭脳明晰運動神経抜群容姿端麗。
まるで神から一心に愛されているかの様な血筋。
一族にとってその神とは、他の誰でもない“稔示様”だ。
選択を求められた時、彼が示した方を選べば必ず成功する。
彼の助言に従えば、それは必ず幸福へと繋がる。
まさに神の成せる技だった。
彼の名前でもある“稔示”は、そんなチカラを持った者に代々受け継がれている名前だ。
“稔示”の名前を継承する人物であるかどうかの見分け方は簡単。
当代の稔示様が亡くなって十二年後の七夕の夜、一族の中に、次の稔示様となるべきチカラを持つ男児が産まれてくる。
七夕は、初代の稔示様が産まれた日らしい。
稔示様は、名前だけでは無く、生を受けた日までをも継承するのだ。
そんな特別な彼に何かあっては一大事だと、危険の少ないこんな山奥に家を構えているのだろう。
この山に入れるのは、稔示様と同じ血を持つ人間だけ。
使用人はもちろん、庭師も郵便配達員も警察官までも。
その中でも、この山に住居を置けるのは、より濃い血筋の者だけだった。
俺も一応稔示様と同じ血が流れてはいるが、あまりに血が薄くてほぼ部外者と変わらないから、山の外に家がある。
まぁこんな何も無い山奥に住めと言われても困るが。
ただ、だからと言って、皆が皆稔示様を熱心に崇拝している訳ではない。
狂気的なまでに崇め立てているのは血の濃い者達だけで、俺みたいな下っ端達は、そんな彼等を冷ややかな目で見ている事の方が多かった。
同時に、稔示様に同情を感じずにはいられない。
大事に大事にと育てられた彼は、殆ど山の外には出た事がない。出してもらえないのだ。
娯楽らしい娯楽も無く、性処理の際は本家のお偉いさん方が厳選に厳選を重ねた美女が宛がわれる。
詳しくは知らないが稔示様の意思はほぼ反映されていない様だった。
そんな窮屈な環境で育てば、こんなひねくれ者になるのも不思議な事では無いのかもしれない。

「ちょっと貴方!」
「…はい?」
「ぼーっと突っ立ってないで早く破片を片付けて頂戴!」