momomon

個人メモ

死神×自暴自棄 リスカ・流血表現⑤

「お前は愛されている。だから死ぬ前にお前の願いをひとつ叶えてやろう。代価はその命だ」

自分を死神だと言う彼は、さもそれが常識だと言わんばかりに意味不明な説明を繰り返す。
俺は濡れた体にタオルを巻いて、飛び込む様にしてベッドに倒れ込んだ。

「…俺が誰に愛されてるって?」
「お前達の言葉で言うと、神だ」
「俺が?神様に愛されてる?…はっ、そんな訳ないっしょ」

今の俺の状態を見ろよ。
どこが神様に愛されているって?
神のご加護なんて、これっぽっちも受けられて無いじゃないか。
むしろ俺は何かに呪われているんだ、きっと。

「じゃあ死神様お願い、俺を殺して下さい。安楽死で」
「それは出来ない」
「なんで」
「願いの代価である命は、願いを叶えた後に貰い受ける。代価を貰うより先にお前が死んでしまったら代価を受け取れない」
「……なんだそれ」

ベッドのスプリングを弾ませ勢い良く起き上がり、床で行儀良く正座する死神を見下ろす。
彼の綺麗な顔は最初に見たときから一度だって表情が変わっていない。瞬きはするものの、それ以外は全く。まるで目と口だけを出したお面を被っているみたいだ。

「…生まれ変わって、死ぬまで幸せでいたい」
「構わないが、それだと生まれ変わった後に代価を貰う事になるから、お前は産声を上げてすぐ死ぬ事になる」
「……じゃあ願いなんて無いよ」
「使いきれないくらいの金が欲しいだとか、気を失うまで美女と性交をしたいとか、無いのか」
「無いよ。どうせ死ぬんだから、この世で願いを叶えたって意味の無い事だ」

願い事が他に、浮かばなかった訳ではない。
俺を裏切ったアイツの人生をめちゃくちゃにしたい。
けれど、アイツの為にこの命を使うのは悔しかった。
それにそれを叶えて貰ったとしても、死んでしまっては奴の無様な末路を見届けられない。死んですぐ幽霊になれるとも限らないし。

「叶えて欲しい願い事なんて無いよ。帰って。死ぬ時は自分で死ぬから」
「そうか」
「………」
「………」
「…ねぇ、ちょっと、帰ってって」
「そうはいかない。願いを叶えるまでは俺はお前から離れられない。そういう仕事だ」
「はぁ!!!??」

死神×自暴自棄 リスカ・流血表現④

 
「…うっ…う…」

酷い頭痛に急かされ目を覚ますと、辺りは真っ暗だった。
地獄に来たのかと一瞬思ったが、よくよく目を凝らせば、自宅の風呂場であった。
どうやらあのまま気を失い、夜になってしまったらしい。
冷水のシャワーにずっと当てられていた体が、酷く冷たい。
先程まで血を垂れ流していた腕の傷は、もう血液の流出を終えた様だ。
腕にはまたひとつ、死にぞこないの証が増える事になる。

(そう言えば…、人が、居た気がする…)

あちこち痛む体を起こし、ぼやける視界で風呂場内を見回すが、それらしい姿は無い。
夢でも、みたのだろうか。
凍えそうになる体を擦りながら、水浸しの体で部屋へと戻る。
手探りで寝室の電気を点けた瞬間、目の前に先程の男が現れて、流石に心臓が止まった。

「……!」
「今日も死ねなかったか」
「…っ、何でそれを…!」
「さっき言ったはずだ。俺は死神だ」

死神だと言い張る彼は確かに、アニメやゲームに出てきそうな可笑しな容姿格好だ。
だが死神と言うのは、真っ黒なマントに大きな鎌という出で立ちが普通なんではなかろうか。
彼は金色の柔らかそうな髪に、金色の瞳に、白いコート、死神と言うよりはまるで。

「……別に通報とかしないから、用がないなら出て行って。それとも俺を殺してくれるの?」
「俺は人を殺したり出来ない」
「ははっ、死神なのに?……つーかこの茶番いつまで…」

ふいに、俺の直線上の壁に掛かっている鏡へと視線を向けた。
なんとなく視界に入れたそれには、間抜け面で目を見開く俺の姿が映っていた。
俺の目の前に立つ男の姿は、どこにも無い。
初めて直面する怪奇現象に、流石の俺も声が震える。

「……俺を、殺しに来たの」
「さっきも言った。俺は人を殺せない」
「じゃあ何しに…」


「お前の願いを、叶えに来た」

天使の様な死神は、表情ひとつ変えずにそう言った。

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死神×自暴自棄 リスカ・流血表現③

流水音と共に、腕の傷から流れ続ける鮮やかな赤。
どれくらいこうしているのか。ぼうっとした頭では分からない。

(血って、何リットル出たら、死ぬんだろう)

あの事件の後、両親は俺をすぐに家から追い出した。
高校も辞めて、用意されていたのは実家から遠く離れた寂れたアパートの一室。
俺の口座には、両親か毎月毎月事務的にお金が振り込まれ、それが俺を生かしていた。
こんな息子、さっさと縁を切ってしまいたいだろうに。せめてもの情けというやつか。
テレビをぼんやりと眺め、腹が減ったら近くのスーパーで出来合いの物を買う。またテレビを観て、寝て、起きる。
毎日、その繰り返し。
生きる気力も無いが、死ぬ度胸も無い。
たまにこうやって自分の腕を傷付けては、うっかり出血多量で永遠の眠りにつく事を期待するばかり。
現実と、夢の狭間をふわふわと漂っている様な、不思議な感覚。
自分の世界なのにまるで違う他のどこかに迷い込んだ様な。
だから、瞼をうっすらと開いた時に目の前に見知らぬ男が立っていても、俺はさほど驚きはしなかった。

「……なに?泥棒…?幽霊…?」
「……」

俺の問いに、男は何も答えない。
太陽の様な金色の瞳が、じっと俺を見つめている。

「泥棒なら…部屋の中から好きな物持って行きなよ…。幽霊なら…、俺もそっちの世界に連れて行って…」

目の前に全く知らない男が立っているというのに、俺が平然としていられるのは、血が足りなくて頭がぼうっとしているから、と、男から、殺気や困惑など、人間らしい空気が感じられなかったからか。
息遣いは感じるのに、まるで、人形の様。
男は一度、長い睫毛の生えた瞼をゆっくりと閉じ、そして再び金色の瞳を露にした。

「俺は、お前達の言葉で言う、死神だ」

……なんだ、やっと、お迎えが来たのか。


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